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お初にお目にかかります。uoon(うおおん)と申します。 ルールが分かりやすく、ボドゲに触れたことがない人もある人も変わらず楽しいものを作っています。 是非Twitterなどチェックいただけますと幸いです。

Story #03「夜食のラーメンでおじさんを悩ませるお嬢様」
2023/10/31 23:58
ブログ

<前回までのあらすじ>
 “俺”は裏社会で名を轟かせる大組織の構成員。決して恵まれたとは言えない生活を送ってきた俺は一発逆転を夢見て裏社会の頂点を目指す。
 その近道は、オヤジが溺愛する超絶我儘な一人娘に気に入られること。

 しかしお嬢様の機嫌を損ねればこの世界での死が待っていた。
 失敗のできないお嬢様の夜食づくりが始まる。

<#01はコチラ>
<#02はコチラ>

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 お前は人の悪意に鈍感すぎると、いつかオヤジに言われた。
「あの時、ガキのお前が俺に話しかけてきた時点で思っていたことだけどな。お前は人に比べて危機を察知する能力が鈍い。人の悪意を想像する力が欠けている。分かるか、俺に話しかけてくる人間は普通いねえ。それは俺の風貌を見て、危険な人間である可能性が高いと想像をしているわけだ。コイツは話しかけただけで機嫌を損ねて人間を殺すような人間なんじゃないか、と」
「話しかけただけで人を殺すような奴はいないでしょう」
「そういうやりすぎな判断、妄想が人間を生かしてんだ。自分が想像できない他人を想像しろ。善人であればあるほど、理不尽な行動を起こすと思っておけ。」


――この世界にはいるんだよ、そういう頭のネジが飛んだ奴が。頭じゃないところでモノを判断するしてる奴がな。


 自家製醤油ラーメンは結局、出汁が命だ。だからこそ一番最初、鶏ガラの下処理が肝心。ここで鶏ガラの掃除ができない人間は何をやっても失敗する。料理に没頭していたはずが、ふと昔のことを思い出していた。オヤジの言葉を改めて反芻する。もし、今自分が置かれている状況に悪意があるとするなら…。
 これみよがしに置かれた上等な瓶。片付けることもなく、今日この台所に足を踏み入れるものの目に留まるように置かれたとも考えられるこの瓶の存在。これが罠だとするのなら、お嬢が求めているのはそうした食器の美しさ、ではないということなのか?
 あの時、目玉焼きにかけるため用意された醤油を嫌がったのは見た目の悪い醤油差しが食卓に出されていたからで、逆に目玉焼きに塩をかけることを良しとしたのは塩の入れ物である瓶が美しかったから、というわけではない。そして、ライバルを蹴落とすがために俺が上等な皿を用意するように仕向けた。そういう悪意が、存在するんだろうか。
 そうであれば、今俺が取るべき選択はなんでもない安牌、味噌や豚骨といったカードも存在する。しかし、それらはあまりに個性が立ちすぎている。選択として冒険すぎる。お嬢に関する情報が少ない今、そんな冒険はしたくなかった。
 時刻は21時。お嬢へ夜食を届けるまであと2時間ほど。作り変える時間は十分にある。試作として作った醤油ラーメンを眺めながら迷っていると、

「それでいい」

 後ろから突然声がした。白髪に片眼鏡、燕尾服の老人。お嬢のもっとも近くにいた執事のような男。

「お前の判断は何も間違っていない」

 つい身構える。これは、罠なのか。
 彼がこの台所に塩の瓶を置いた張本人なのだろうか。ならば、今の彼の言葉も必然的に罠ということになる。

「ただ、な」

 老人の目がギラリと光る。それは何かを企むような濁った目ではなく、正直生まれて初めて見る、アイドルさながらの透き通った眼差し。一片の曇りもない意思を宿した瞳。それが少しづつこちらに近づいてくる。

「お嬢様のことは、私が一番理解しているんだ。分かるか?」
「は?」
「お前たちクソヤクザ共は、しょうもない下心で、お嬢様の好みを理解し気に入られようと、今、正に努力をしている最中。それは無駄だ。余計だ。やめてくれ。私はお嬢様が生まれた時から側にいた。既にお嬢様の好みを知り尽くしている。お嬢様以上に、私はお嬢様を知っている」
「そ、そりゃ凄いな」

 気持ち悪い、と少し思った。老人はより興奮をあらわにしながら俺に近づいてくる。俺の腹に手を置き、耳元で囁くように続ける。それはもう、忠告を越えた脅しであった。

「凄いだろう。敵わないだろう。だからいいか、お前“も“余計なことはするんじゃないぞ。お嬢様の機嫌を損ねない選択に心血を注げ。間違ってもお嬢様を喜ばせようなんて気の迷い起こすんじゃないぞ。例えば、お嬢様に好かれようと余計な考えをめぐらせた結果、庶民じみた醤油差しを朝食の場に出すなんて愚策に走るゴミは本来お嬢様の目に映ることすらおこがましい」

 大人気ない脅しだ。自分がお嬢の一番でありたいがためにわざわざこんなことまでするのか。
 さらに信じられないことに、腹部に違和感を感じ、視線をゆっくりと下に向けると、黒く光る拳銃が突きつけられていた。

「いいな?」
「はい」

 返事せざるを得なかった。命より大切なものはない。
 しかし、だからといってこのまま引き下がるわけにはいかない。俺は夢を叶えるためにここに来たのだ。組織内の流血ほど無駄なものはないが、仕方がない。
 それから一週間が経ったある夜のこと、俺は、名前も知らないその老人を始末した。

<続く>