遺産武装 @BlueguildV
ブース概要
強く生きる、がモットー。自作ボードゲームを企画〜デザイン・製作〜販売しています。 <出品ゲーム> 『どうぶつカードバトル』:どうぶつのカードを出し合って、場のりんご・さかなを取り合う白熱読み合いゲーム!(←化粧箱new!!) 『ゆうしゃBがあらわれた ゆうしゃCがあらわれた ゆうしゃDがあらわれた』:魔王を倒すのは誰だ!勇者同士のバトロワ! 『ラップかるた3』:誰でも簡単にラッパーになれる!オリジナルビートであなたもラッパーに! 『Re:Memoria』:小説×ボドゲの協力ゲー!プレイヤーが変わればストーリーも変わるマルチエンディングをご用意。 『From the Golden Records』:宇宙に遭難した宇宙飛行士が、自分の居場所を信号で伝える推理×パーティゲーム!
その他
blueguild001@gmail.com
https://twitter.com/BlueguildV
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- 5人が集い、賭ける理由/「ぜったい倍にしてかえすから」
- BLUE GUILD 2023年秋出品 「ぜったい倍にしてかえすから」 登場する5人のキャラクターが奇しくも集い、ギャンブルをすることになった経緯について 公開します。 ※前回の「知りすぎたフリーライター」から見ていただくとよりおもしろいです (事前予約はこちらから) ↓↓ サラリーマンは、初めて降り立つ駅にいた。 タクシー運転手は、初めての道路を走っていた。 バンドマンは、スマホで地図を見ながら歩いていた。 お笑い芸人は、地面を見ながら立ち止まっていた。 フリーライターは、疲れ切った顔で呆けていた。 各々が、伝えられた場所を目指す。ある物はカードを片手に、ある物は地図の書かれたメッセージを頼りに。 最初に着いたのは、お笑い芸人だった。昨晩から眠ることができなかった彼は、クマを作って笑うこともなく、しばらく立ちすくんでから入口のドアに手をかけた。 次に着いたのは、タクシー運転手だった。仕事を抜け出し、近くの、路駐しても問題無さそうな場所にタクシーを停め、入口のドアをしばらく眺めて、入口のドアを開けた。 その次に着いたのはバンドマンだった。遠くから眺めていた建物に目標を定め、すぐさまドアに手をかけ、一目散に中に入った。 最後に着いたのはサラリーマンだった。変わらずの虚ろな表情で、足取りも不確かなまま建物の前に着いた。ため息をつきながら、抗うようにドアノブを握った。 フリーライターは始めから中に居た。 ギィ、という音を立てて、タクシー運転手が部屋に入る。中には同世代のお笑い芸人らしき男がいた。絶妙な空気感を感じて、お辞儀だけが繰り広げられる。 しばらく経ち、バンドマンが部屋に入る。同世代の、おそらく服装からしてタクシー運転手の男を見て、そういえば路駐してあるタクシーあったな、と思った。 次に、フリーライターが部屋に入る。他の部屋から移動してきたこの男は、全員の顔を知っていた。しかし他の3人は、この男のことを知らない。 最後に、サラリーマンが部屋に入った。全員の視線が自分に注がれるのを感じて、サラリーマン一瞬たじろいだ。 「あれ? お前……なんで……?」とタクシー運転手が言葉を漏らした瞬間に、「え……運転手さん、こいつと知り合いなんすか?」とお笑い芸人が言い、「え、なんで……?」とバンドマンが目を丸くした。 「ようこそ、お集まりいただきマシタ」 天井から、声が聞こえる。サラリーマンとフリーライターとバンドマンが反応する。 「これから、あなたたちニハ、借金を返すためのゲームをしていただきマス。そちらのドアからお進みくだサイ」 部屋の奥にあるドアが開いた。その先には、カジノでもあり、ともすれば賭場とも呼べる空間が広がっていた。 「複数のギャンブルをしなガラ、皆さんに課せられた700万円という借金を、返してもらいマス」 「賭け金の最少額は50万円カラ」 「最少額に足りない場合は、お互いで貸し借りをしてくだサイ」 「友達、ですもんネ」 その言葉と併せて、大きな一人の男が賭場に入ってきた。 その男を見て、タクシー運転手とお笑い芸人が反応した。 バンドマンがサラリーマンに声をかけた。 「お前、なんでこんなとこにいんだよ」 「……こっちのセリフだよ……全員、知ってる奴だ……」 「は?」 「お前は塾時代からの付き合い、タクシー運転手が大学の友達、お笑い芸人が大学のゼミ友達、フリーライターは高校の同級生だ……」 「……それって」 「……狙われた?」 お笑い芸人がサラリーマンに歩み寄る。 「なんだよ、それ……」 「すまん……分からん」 「お前のせいなのか?」 「それも……分からん」 「おい、おっさん」とタクシー運転手が声を上げる。 「なんだい」 「これ、返せなかったらどうなんだ」 「はぁ? ガキじゃねぇんだ。そこの“お笑い芸人”にでも聞けよ」 お笑い芸人がビクっとするのを、全員が見ていた。 そして瞬間、全員が察した。 「それでは、ゲーム開始デス」 プツンと、いう音を立てて天井のスピーカーが切れた。 「さぁ、お前ら全員、座れや」 目の前には束になった現金。 ギャンブルのルールが書かれたシート。 6面サイコロと20面サイコロ。 借用書。 サラリーマンが、お笑い芸人を見る。手元が震えていて、顔が真っ青だった。 「大丈夫か……?」 「…け金が…ねぇ」 「あ?」 「賭け金が……足りねぇ……」 お笑い芸人が一瞬、サラリーマンの目の前に置いてある現金を見る。 「……くれよ」 「は? やれねぇよ、さすがに」 「ちげぇよ……貸してくれよ……」 「貸すって……」 「見りゃ分かんだろ! 賭け金が足りねぇんだよ! 貸してくれよ! 借りた分、絶対倍にして返すから!」 定点カメラの奥で、チンピラがにやりと笑った。
- 2023/12/7 23:44
- 遺産武装
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- 知りすぎたフリーライター/「ぜったい倍にしてかえすから」
- BLUE GUILD 2023年秋出品 「ぜったい倍にしてかえすから」 登場する5人のキャラクターのうちの1人 フリーライターの秘密について 公開します。 ※前回の「笑えないお笑い芸人」から見ていただくとよりおもしろいです (事前予約はこちらから) ↓↓ 〇〇駅の前で誰かを待っているひとりの女を眺めている。鯖金組のオンナと言われているその女は、少しだけ顔が売れている。むしろ、顔が売れすぎている。知らない人間は絶対に知らないが、裏に多少詳しい人間なら、見たことのある顔だろう。 そんな女が、見た限りひとりで駅前で立っている。ボディガードらしきチンピラも見えない。そんな女を眺めながら、おれは喫煙所で煙草をふかす。肺にはいれない。いれるとむせる。 たまたまこのあたりの店に取材に来ていた。ラーメン屋の記事を書かなきゃいけない仕事だったのに、そのラーメン屋が忙しすぎて取材を断られた。日常的にアポを取るなんて真似はしない。突撃して話を聞いて、そうして素直な言葉が出てくる。 おれの取材姿勢はそうやって培われてきた。 最初は探偵会社で働いていた。身辺調査のための張り込みは、そのころの経験が生きている。文章を書くのが多少上手かったというのと、その経験のおかげで、今はなんとなくフリーライターとして生きていけている。たまには当たりの記事を書いて、懐が潤うこともある。それでもおれは宵越しの金は持たない。使い切って、そうしてまたしても記事を書くのだ。 その方が、“生きている”という実感が持てる。そういう実感がおれを動かすのだ。 その実感を味わいたくて、最近は危ない仕事も始めた。その一つが鯖金組のスクープを上げることだ。スポーツ選手との密会や、芸能人との㊙の取引。そういうものを警察よりも先に見つけ出して、そして売り込む。 警察のやつらに何回か記事の種を売りつけて、生臭刑事から金をもらった。その金額がかなり美味しいため、最近はもっぱら鯖金組を見ている。ラーメン屋の仕事は小遣い稼ぎだ。だからこそ、今日みたいに取材キャンセルになっても困りはしない。 そんな中、鯖金組のオンナを見つけた。これは、単純な偶然だった。日頃の行いが良いおかげだな、なんて考えつつ、煙草をふかす。あの女は誰を待っているのか。不機嫌そうに待っているその姿は、想い人ではなさそうだった。 終電もなくなりそうなそんな時間帯、女を見つけたおれは帰らないつもりだが、オフィス街ゆえの人込みが視界を遮る。数少ない居酒屋から虫のように出てくる人込みを避けつつ、視界の端で女を捉えていたら、待ち合わせの相手が来た。 その姿を見て、俺は驚いた。 どこかで見たことのある、サラリーマンだった。 あれはいつ頃だっただろうか。高校の時だっただろうか。同じクラスになった記憶がある。修学旅行では同じ班だった。いい大学に行ったという話まではなんとなく知っているが、どんな奴だったかがあまり思い出せない。 そんなことよりも、そのサラリーマンが女の待ち人だったことに驚いた。 なぜ、高校の同級生と鯖金組のオンナが……? 二人は仲良さそうに駅の中に入っていった。おれはその二人の姿を見失わないように、後ろからついていく。改札を通る二人の視界に入らないように、自分もICカードをかざす。ピーっと赤く光り、残高不足と表示されていた。 やべぇ!と焦りながら、券売機で1000円だけチャージして、急いで改札を通る。終電の発車を知らせるベルが鳴っている。ホームまでの階段の最上段につまづきながら、なんとか勢いで電車に飛び込む。 周りの人間が、おれを見下している。 なんとなく、高校時代を思い出した。 ゆっくりと立ち上がり、周りを見渡すと、二人の姿は無かった。自分が乗ったのが第1車両だったので、ゆっくりと歩きながら二人の姿を探す。鯖金組は△△駅らへんがシマだ。どうせ降りるならそこだろう。 それにしても、またしても頭の中で疑問が浮かぶ。なぜあの同級生があの女と一緒にいるのか。組に所属するような人間ではなかった記憶があるが……働いていてあの駅を使うということは証券会社か商社だろう。いい大学に行ったっていう話からその2つのどちらかの可能性が高い。証券会社であれば、組のマネーロンダリング関連で付き合いがある可能性が高い。商社だとしても、商材があれば組と何かしらの関わりがあるかもしれない。 おれは、心の中で舌なめずりをした。 第4車両に入った瞬間、次の車両とのつなぎ目あたりに二人が居るのを確認した。その瞬間、車内アナウンスの『次は~△△駅~△△駅~』という声が車内に響く。仲良さそうにしていた二人が、少しだけ身体を出口に向けた。 想像通りだ。 △△駅で降りた二人は、バーに向かった。この店も、鯖金組がケツ持ちだ。知っている人間は、知っている。そこに入っていく、二人の姿を見ながら店の出口が見える場所で、おれは二人が出てくるのを待っていた。 「オイ、おっさん」 と、突然、声を掛けられる。声の方を見ると、明らかなチンピラがいた。 「あ、はい。すみません。すぐいなくなります。ごめんなさい」と早口でまくしたてて、早足でその場を去る。 おそらく鯖金組のチンピラだった。おれはそのあたりの鼻が利く。やはり、あの女の周りには誰かしらが待機している。 「おっさん」 チンピラが追ってくる。 「な、なんですか」 早足で逃げる。怖くて顔が見えない。 「おっさん、俺ダッテ」 よく聞いたら、聞きなじみのある声だった。それを思い出して、立ち止まる。 「なんで逃げんダヨ、おっさん」 「なんだ、君か」 「おもっくそビビってたッショ」 「いや? 別に? そんなことないが?」 「嘘つけヨ」 このチンピラは、鯖金組の傘の中にある三次団体の中の一人だった。確か金貸しの類だ。組関係のことは何も教えてくれないが、ラーメン屋の取材を断られたときに集金に来ていて、やけ食いしていたら仲良くなった。その後も美味しいラーメン屋の情報だけはくれる。 「ケツ持ちしてると美味しいラーメン屋には困らねぇよ」と笑う彼は、あまり組の人間らしくない、身なりは怖いだけの面白い青年だった。 「おっさん、あんまこの辺ウロウロしない方がいいヨ」 「おっさんって言うのやめないか」 「おっさんいくつ?」 「まだ三十路だ」 「おっさんジャン」 「……」 「あ、やっべ。これから仕事ダ」 「そうなのか。大変だな。こんな時間から」 「おっさんもデショ?」 チンピラがポケットから取り出したスマホの画面を眺める。時折見せるこの表情は、おれがこういう組関係を追っていてもなかなか見られない。 仕事に向かう瞬間の顔。一瞬にして、好青年から覚悟を決めた若者の眼になる。 ずっと立ち止まっているチンピラが、口を開く。 「おっさん、言ったからネ?」 眼を見た瞬間、ゾワっと、鳥肌が全身に走った。 「あ、あぁ……気を付ける」 「じゃあネ」と言って、チンピラはホテル街の方へ歩いて行った。 とはいえ、今から家に帰る足も無い。少しの時間、うろうろしていたらバーの扉が開いた。 同級生と女が寄り添って出てくる。同級生はどこか虚ろな雰囲気で女の後ろをついていく。その姿を見ていて、何かが起きると予感した。 おれの中のジャーナリスト精神が騒いだ。あの女をつけまわしていることが他の護衛チンピラ組にバレないように動く。尾行に適した日中ではないが、それでもおれに経験がある。 しばらく着いて行くと、二人は古びたホテルに入っていった。 頭の中で記事が出来上がっていく。 『大手社員/商社社員、指定暴力団関係者と夜の密会』 うんうん、悪くない。多分売れる。めちゃくちゃ売れる。その自信が湧いてきた。勝手に売れていく様子が浮かんでくる。ワイドショーでも取り上げられ、記事の作成者であるおれは大金持ちになれる。汚い金でも構わない。昔より状況は確実に良くなっている。 妄想を膨らませながら、ホテルの入口を見張っていたら、同級生が一人で出てきた。入っていくのと同じような虚ろな顔をしている。もしかして……ともっとやばい妄想が浮かんでは消える。そう思えるほど、同級生の足取りはふらついていて、視線も虚ろなように見えた。 しかしながら、想像よりも短い時間で出てきたことが不思議だった。大通りに向かっていく同級生の背中を眺める。〇〇駅で見た姿よりも幾分か小さく見える。 「ネェ、おっさん」 背中で何かがゾワゾワと走った。 「何してんノ?」 振り返り際、チンピラの眼が、一瞬見えた。 次の瞬間、頭に衝撃が走った。 目を覚ましたら、古臭いホテルの部屋にいた。椅子にしばりつけられていることが、両腕の不自由さから伝わる。 「あ、起きタ?」 チンピラがスマホから目を離して、こちらを見た。 「……なんだこれは」 「言ったデショ。『あんまこの辺ウロウロしない方がいい』ッテ」 殴られた頭が痛む。 「姐さんからの命令ダカラ。おっさんの尾行、バレバレだってヨ。電車から分かってたッテ。せっかく危ないって教えてあげたノニ。顔なじみダカラ」 「……そうか」 「……ネェ、おっさん。おっさんって□□あたり出身って言ってたッケ?」 「……あぁ、そうだが」 「□□高校?」 「……?」 質問の意図が読めない。もしかして、あの同級生との関係性を探られているのだろうか。組の関係者であるあの同級生と、少しでも関係があるから、と。 「……違う」 「嘘つけヨ」 そう言って、チンピラは笑った。 結果、おれは解放された。免許証から何から、手持ちの身分証明書を全てチンピラに渡すことを条件に。 そして、借用書にサインをさせられた。借金が必要なほど困った生活をしていないのに。 「明日から、次の日曜日マデ、こいつらの尾行をしてほしいンダ。もちろん、やるよネ」と、チンピラはおれに数人の顔写真を見せた。 一人はおそらくタクシーの運転手だ。恰好から分かる。 一人は楽器を背負っている。 一人は写真に赤丸がつけられている。舞台でセンターマイク1本。左側の男に〇がついているお笑い芸人だろうか。 「来週の日曜日には大きなイベントをやるヨ。おっさんにも、それに参加してモラウ」 おれはチンピラが、分からなくなった。
- 2023/12/7 23:42
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- 笑えないお笑い芸人/「ぜったい倍にしてかえすから」
- BLUE GUILD 2023年秋出展 「ぜったい倍にしてかえすから」 登場する5人のキャラクターのうちの1人 お笑い芸人の秘密について 公開します。 ※前回の「絶望のミュージシャン」から見ていただくとよりおもしろいです (事前予約はこちらから) ↓↓ 「お前さぁ、投資とか興味ない?」 「お、お疲れ様です。投資っすか?」 「そうだよ、投資」 「投資ってあれですか? 証券会社とかの」 「お、詳しいじゃねぇか」 「大学のゼミの友達がいまして……でも俺、金無いっすよ?」 「馬鹿だなぁお前。何も知らねえんだな。無けりゃ借りりゃいいだけじゃねぇか」 「借りりゃいいって、俺らって金借りられるんですか?」 「お前、バイトは?」 「してますけど」 「月どんくらい?」 「手元に残るのは10万円とかっすかね」 「ってことは30万くらい稼いでんだろ?」 「まぁ、もうちょい少ないくらいっす」 「……増やしたくねぇか?」 「……増やしたいっす」 「そんなお前に、いいことを教えてやろう。っとっとっと。こんなところで話す話じゃねぇわな。喫煙室行こうぜ」 「秘密話っぽいっすね」 「あんまり知られるとライバル増えるだろ」 「投資ってライバルとかあるんすか? あ、お疲れーっす」 「そりゃ仕組みなんて知ってるもん勝ちなんだから、俺らだけで独占したくね?」 「あ、出てっちゃった。あの人演奏してましたっけ?」 「あぁ? さぁ、知らねぇよ。手伝いとかだろ」 「バンドマンも大変っすねぇ」 「女にキャーキャー言われているバンドマンの何が大変なんだよ」 「そりゃ先輩モテないっすもん」 「うるせぇよ」 「すいやせん」 「そんなことより、話の続きだ。俺の知り合いにな、700万円まで貸してくれる会社がある」 「ななひゃっ……!」 「馬鹿! 声でけぇよ」 「……だれも居ないからいいじゃないっすか」 「どこで誰が聞いてるか分かんねぇだろ」 「……700万ってマジっすか?」 「おうよ。投資っていうのは元手が大事だからな」 「まぁ、たしかに10万円とかでしこしこやっても意味無さそうすもんね」 「というか、そんなの我慢できねぇだろ」 「まぁ、もらえるなら手っ取り早く欲しいっすけど」 「ライブで地道にとか待ってらんねぇんだよな」 「いやー先輩、多少売れてる人がそれ言います?」 「多少も多少だろ。全然だ」 「俺らよりマシじゃないっすか」 「あれ? そういえば相方は?」 「腹痛いつって帰りました」 「あれ? まだ一緒住んでんだっけ」 「そうっすよ」 「居ねぇなら仕方ねぇか。あいつの方がセンスありそうなんだけどな」 「いいっすよ。聞いたら俺、話しとくんで」 「いーや、ライバルが増える」 「そこのこだわり強いんすね。ていうかじゃあなんで俺なんすか」 「この界隈でお前が一番金持ってそうだから」 「全然っすよ?」 「毎月手元に10万残るなら万々歳だろうがよ」 「地道に働いているんで」 「だから、そこから抜け出そうって話だ」 「本題入ってくださいよ」 「……お前、青魚金融って知ってるか?」 「……CMとかやってましたっけ」 「話の流れで分かるだろ。ポンって700万貸してくれるところがテレビでCMなんて流すわけねぇだろ」 「……ヤミっすか?」 「そんなもんじゃねぇよ。投資専門金融機関って聞いた」 「うさんくせぇ~」 「元ブルギルの鯖さん、いるだろ?」 「あー、あの相方飛んじゃってピン芸人やってる」 「そう、あの人。あの人がそこから金借りて、めちゃくちゃでっかく当ててんだよ」 「どおりで最近劇場で見ないわけっすね」 「めちゃくちゃ優雅な生活してたぞ。もうお笑いやらないのかと思ったら、『いま生活に余裕できたから、こういう時間使ってネタ作る』って」 「あの人のギリギリで生きてる感が好きだったんだけどなぁ」 「それは言ってやんなよ」 「うーん」 「悩んでんじゃん」 「そりゃまぁ、羨ましいっちゃ羨ましいですからね」 「お笑いも楽しみながら、投資も楽しむ。最高じゃねぇか」 「で、俺らで第二の鯖さんになろうと」 「そういうことだ」 「よっしゃ! 乗った!」 「流石だ! じゃあ、今度連絡するわ」 「あざっす、待ってます!」 そう言って、先輩は喫煙室から出て行った。俺はその後、他の芸人のライブを観て笑ったり、バンドの演奏を聴きながらキャーキャー言っている女の子たちを眺めたりして、家に帰った。バンドマンたちは機材とかをバンに積んでいて、忙しそうだなぁと思った。 そういえば相方は腹が痛いと言って家に帰っていたが、大丈夫だろうか。薬局に寄って薬でも買ってやろう。 しばらく歩いて、コロッケを買い食いしたり、銭湯のいい匂いを感じたり、落語を聴きながら薬局に寄ったり、薬を買ったりして家に着いた。 家に、着いた。 家のドアが開きっぱなしだった。 不審に思って、ドアから中を覗く。見慣れない黒い革靴が乱雑に脱ぎ捨てられていた。おそらく3人分の。狭い玄関に所せましと脱ぎ捨てられた革靴のせいで、自分の靴の置き場が見当たらない。 踵の潰れたスニーカーをサンダルのように履いている俺は、玄関の外で靴を脱いで、部屋の奥に向かう。すりガラスのドアが閉まっていて、その奥で、黒い何かが動いたように見えた。 ドアが開いて、中の様子が見える。 黒服の男3人、和室の部屋に似つかわしくない姿。その男たちに囲まれ、ちゃぶ台で正座をさせられている相方。 「おう、帰ったか。お前の相方、お前の印鑑とお前の名前とお前の免許証で、ウチから700万借りてんだけど、どうしてくれんの?」 相方はちゃぶ台の前で正座しながら、ボロボロ泣いていた。何が起きたのか、全く理解ができなかったが、俺はさっき先輩から聞いた話で合点がいった。 おそらく、相方は知っていたのだ。この金貸しのことを。それで。 それで? それで、何で俺の名義? 「こいつ、ウチから700万上限きっかり借りてよ、飛ぼうとしやがったんだよ」 黒服の1人が、顎で相方を指しながら俺に言った。 「せめてもの罪悪感なのか知らねぇけど、ちゃんと電話番号は自分にしてんだよ。まぁ、そのスマホも捨てるつもりだったんだろ? なぁ!!」と言いながら、もう1人がちゃぶ台を蹴る。 蹴る足を見て、こういう人も玄関で靴脱ぐんだ、と思った。おそらくこれは現実逃避だ。 「で、お前、返せる?」 「……はい?」 現実逃避をしている俺の頭はうまく動作しない。 「か・え・せ・る・かって聞いてんだよ!」 もう一度黒服が、ちゃぶ台を蹴った。 「……無理っす」 俺は相方の顔を見るが、相方は顔を上げない。俺の顔を見ない。 なるほど。分かった。 俺は裏切られたのか。 ネタ作り、真夜中のファミレス、舞台、ライブでの拍手、ツッコミの叩き、語った夢、嫌いな芸人の悪口、可愛かったファンとのやり取り、先輩との飲み会。 これらがいっぺんに頭の中を過ぎていく。 「無理って言ってもさぁ……お前の名義なんだよね」 「いや、知らな」まで言いかけた時、相方が俺の顔を見た。 なんだよその顔。お前が勝手にやったことだろうがよ。 「知らないって言っても、こっちこそそんな都合知らないっていうか。連帯保証人みたいなもんだわ。それよりタチ悪ぃんだけどな。お前の相方。馬鹿だよ。馬鹿でクズだ。それでもお前は、このクズのせいで700万の借金を負った。ウチに対してね」 「……」 「黙ってちゃわかんないんだわ。とりあえず、返せないなら、お前かこいつがどうにかなる。名義はお前だから、ウチはお前をどうにかしなきゃなんないわけだ。これが社会の道理。分かるか、“お笑い芸人”さん」 言葉が何も出てこない。 一瞬顔を上げた相方は、またしても顔を伏せた。 「……投資っすか?」 「あぁん?」 「……投資して返すって話を……聞きました」 「投資の経験は?」 「……無いっすけど。あ、鯖さんの」 「あ? 鯖?」 「いや……」 「鯖ってあいつじゃないっすか? 前にウチから700万借りた」 「あぁ……あの阿呆か」 「……やっぱりご存知で」 「あぁ……知ってるが?」 黒服の中心に立っているリーダー各の男が、片頬を歪ませながら俺を睨んだ。 「……鯖さんが……投資で、稼いで返した……って」 「お前、最近あいつの姿見たか?」 「……いや」 「それは“そういうこと”だ」 事実を認識して、足先から震えが昇ってくる。 「まぁ、正確には返せなくて“そうなった”わけではない」 そう言いながら、リーダー各の男が、俺に向けて名刺のようなカードを投げつける。 もちろんうまく受け取ることもできず、腕に当たって地面に落ちた。 「明日、そこに来い」 黒服の男たちは、俺と相方を置いて、部屋から出て行こうと動き出す。 すれ違いざまに、 「うまくいけば、鯖みたいにはならなくて済む」 と、小さく言って、出て行った。
- 2023/12/5 22:20
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- 絶望のミュージシャン/「ぜったい倍にしてかえすから」
- BLUE GUILD 2023年秋出展 「ぜったい倍にしてかえすから」 登場する5人のキャラクターのうちの1人 ミュージシャンの秘密について 公開します。 ※前回の「嵌められたタクシードライバー」から見ていただくとよりおもしろいです (事前予約はこちらから) ↓↓ 最悪だ。目の前で急に止まりやがった。確かによそ見はしていたけど、それでも全然車間距離はあったはずだ。バイトの連続で眠気があったのかもしれない。それは確かに認める。衝撃で首を少し傷めた気がする。 あ、怖めのおっさんが降りてきた。やばい、こっち向かってきてる。なんだよその柄シャツ。明らか過ぎるじゃん。グラサンにスキンヘッドって。あ、今度は後部座席から白スーツのおじさんも降りてきた。 あーあ、俺の人生、終わったね。 「おい、ちゃんと荷物積み込んだか?」 「はい、積み込みました」 「安全運転で行けよ。かなり高い機材積んでんだから。お前事故ったら、全部お前請求だぞ」 「じょーだんやめてくださいよ~」 「はぁ……ヘラヘラしやがって。まぁいいや、向かえ」 「あいあいさ~」 うん、ここまでは覚えている。これはライブハウスに向かう前の会話だ。今日はライブだったんだ。なんか、売れてないバンドと売れてないお笑い芸人の混合ライブみたいな。 先週の日曜日に、急に決まったライブだった。 売れてないバンドと売れてないお笑い芸人の女ファンたちがちらほらいるくらいで、あとは内輪のなれ合いライブ。俺は出ない。多少のお小遣いがもらえるからやっている。 それに、俺のバンドはそろそろいい感じになりそうなんだ。ただ、今日はそんなことは表には出せない。『売れないバンドのさえない後輩』を演じなければいけない。お金を稼ぐためだ。 30歳にもなって大好きな音楽をやり続けるためには、お金が必要だ。高校時代の塾友達は大きな証券会社で働いている。そいつはそろそろ子どもが生まれるとSNSに書いていた。あいつとは違ってお金はたくさん稼げない。楽器は愛機があるからいいけど、スタジオなりライブなりレコーディングなり、それなりにお金がかかる。 そうだ。だから、今日、俺はこんなしょうもないバイトをしていたんだ。うん。ここまでは覚えている。 ライブの状況はどうだったっけな。なんか女たちがキャーキャー言ってたな。観客少ないのにキャーキャー言っててなんか笑える。でもいま笑ったら多分こっちに向かってる柄シャツのおっさんに殺される。 あれ? このスピード感、走馬灯かな。めちゃくちゃ外の景色がスローモーションだ。 あと何してたっけ。 そうそう、そうだ。お笑い芸人のライブ中に外で煙草吸ってたんだ。先輩のバイトが出るまでは暇だったから、時間を潰してた。お笑い芸人たち面白くなかったし。数分だけ見て抜けてきたんだ。そうそう。そういえば煙草切らしてたんだった。 あれ、白スーツのおっさんは立ち止まったままなんだ。ふーん。多分お偉いさんなんだろうな。だって柄シャツのおっさんの方が格下感あるもんね。 そうそう、そういえばちょっとだけ顔見たことある芸人さんもいたな。テレビとかじゃないんだけど、どっかで見たことある。動画サイトとかかな。その芸人さんが後輩芸人連れて喫煙室に来たんだ。なんか居心地が悪くなって、俺はライブハウス内に戻ったけど。 それで、先輩のつまんないライブも無事終えて、また機材積んで、バンで走っていたんだ。昨日の夜、というか今日の早朝まで居酒屋の締めやってたから眠かった。そう、眠かったんだ。でも機材を傷つけちゃいけないし、って思って慎重に運転してて、でも慎重に運転しなきゃって思ってたらなんか眠くなってきてて、目の前に高そうな車いるなぁって思ってはいたけど、うつらうつらって。 気付いたらブレーキから足離れてて、ドンって衝撃と合わせて首が前後にぐわんって振られて、それで完全に目が覚めた。 うん、全部思い出した。 窓がコンコン、と叩かれる。 俺はその音を聞いて、窓を見る。ごつそうな拳が、小さく窓を叩いている。 窓を開けた。 「兄チャン、ちょっとそっち停めて、お話しようや」 「困るなぁ……兄チャン」 「ほんっとにすみません!!」 「あぁ……?」 柄シャツの男がサングラスを少しだけ上にあげて、俺を見る。 「……すみません」 「すみませんで済むなら警察要らないのよぉ……わかるかい? 兄チャン」 よく見ると、頬に傷がある。 マジでその筋じゃん。 「俺はいいんだけどよぉ……一緒に乗ってた親父がさぁ、首痛めちゃってよぉ。あと腰も。折れちゃってるかもしれねぇなぁ。なぁ、親父ぃ」 柄シャツが高級車に声をかけるが、もちろん声は返ってこない。 「あーあー……痛むんだろうなぁ。親父可哀想だなぁ。それにさぁ、この車も親父のお気に入りでなぁ。可哀想に尻にこんな傷ついちゃってよぉ……」 そんな、大きな傷は見当たらない。凹みはあるが、そこまでのものとは思えない。ただ、俺は相場を知らない。そんな高そうな車の修理費用なんて想像もつかない。 「まずは修繕費だなぁ……それに親父の怪我の慰謝料。あと治療費と通院費もだなぁ。首と腰だし、湿布とかコルセットとかも買わなきゃいけねぇんだよなぁ……」 「……すみません、すみません」 ただ呪文のように謝罪の言葉を紡ぐしかできない。 「あぁ!? 聞こえねぇよ!!」 「ひっ」 「おい、貸せ」 柄シャツが俺の尻ポケットから長財布を奪い取った。高校生の頃に初めて買ったボロボロの長財布。 その長財布を色々と物色する。 「あんだよ、金無しかよ」 その言葉が聞こえて、一瞬ほっとした。金が無いから、許してもらえる。お金が無くて良かった、と思えた一瞬だったが、次の言葉で全てが無に帰した。 「借りてでも払ってもらうからな」 結局、免許証の写真を撮られて、そのまま返された。電話番号も渡す羽目になった。スマホを奪われ、恫喝紛いの勢いで電話番号を聞かれた。柄シャツのおっさんは車の中から明らかに私用じゃないスマホを取り出して、俺から聞き出した電話番号を入力して電話を掛けた。 この世で一番聞きたくない音がスマホから流れて、少しして止まった。 先輩の働くライブハウスに機材を届ける。バンの正面は少し凹んだまま。これはレンタカーなので、あとで返しに行かなければならない。なんて説明しようか。当たり屋に当てられて、なんて言ったところで聞いてくれるとも思えない。それに言ったことがバレたら、あのおっさんたちに殺されかねない。 「おい、機材めちゃくちゃじゃねぇか!!」 バンのトランクを開けてみたら、確かにアンプや楽器類が倒れていた。特にソフトケースに入ったギターの上にアンプが倒れていて、取り出さなくても折れているのが分かる。 中にしまい込んだのは手伝ったけど、固定とかはお前らがやったんだろ、とは言わない。 「馬鹿野郎! お前何してくれてんだよ!!」 そう言って先輩バンドのギタリストが俺を殴った。俺も、何をされているのかが分からない。 「てめぇ! 弁償だかんな!!」 弁償で済ますくらいの愛機なんだなぁって頭のどこかで思った。 レンタカーを返す時も、勝手に俺の免許証で先輩が借りていて、そして保険にも入っていなかった。地獄は終わらない。受付のお姉さんが店長みたいなおじさんを呼んできて、「払えない……と言われましても……」と言ってきた。そうだよね。俺もそう思う。 そんなとき、電話が鳴った。見知らぬ番号だった。 「すみません、ちょっと」と受付のお姉さんに言って、店の外に出る。 「おう。出たか。さっきの事故の件だ」 絶望感がおしよせてくる。 「えー、まずは親父の状況についてだが、首の痛みと手先のしびれ、あと腰の痛みと足先のしびれがあって医者からは全治6ヵ月って言われたな。その期間の通院費と治療費、あと後遺障害ってやつが残るからその慰謝料だな。それに加えて車の修繕費と、慰謝料。こっちの慰謝料は心的慰謝料だ。もろもろ含んで、500万だ」 脚が震える。 「払わなかったら、どうなるか分かってるよな?」 レンタカーの修理代、先輩バンドマンの機材修理費用、柄シャツと白スーツのおっさんたちの件、これら含めて700万円になった。 このまま……と思って歩道橋から道路を眺める。 700万円って、どうやって稼ぐの? バンドで売れたらすぐなのかなぁ。 そもそも貸してくれるところあんのかな。 お金借りるって、ちょっとは借りたことあるけど、700万円って。 そういうのって信用とか必要なんじゃなかったっけ。馬鹿だから分かんないなぁ。 行くだけ行ってみようかなぁ。門前払いかなぁ。 多分有名どころ行っても断られるよなぁ。 すると、またしてもスマホが鳴った。 今度は本当に知らない番号だった。おそるおそる、通話ボタンを押す。 「お世話になっておりマス~。青魚金融と申しマス~。お困りであるとお伺いしたノデ、ご連絡いたしマシタ~」 「……どなたでしょうか」 「知ってますヨ。お困りなのでショウ? 700万円までなら、お貸しいたしますヨ」 心臓が、どくんと音を立てた。 「……どこで知ったんですか?」 「そんなことはどうでもイイ。あなたは今、お金が必要、デショ?」 思わず歩道橋の上で回りを見渡す。俺を見ている人はどこにもいない。 「700万円、即決でお貸ししますヨ」 妙に明るい声が、頭の中で反響する。 「その代わり、明日、今から送る場所に来てくだサイ。お金と引き換えに借用書をお渡ししマス」 耳元でスマホが、小さく震えた。メッセージが届いたことを知らせる音だった。
- 2023/12/5 22:17
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- 嵌められたタクシードライバー
- BLUE GUILD 2023年秋出展 「ぜったい倍にしてかえすから」 登場する5人のキャラクターのうちの1人 タクシードライバーの秘密について 公開します。 ※前回の「サラリーマンがギャンブルをする理由」から見ていただくとよりおもしろいです ↓↓ 「いやーマジで久しぶりじゃん。こんな遅くに」 「……あぁ、そうだな」 「元気ねぇな。お前証券会社だっけ? やっぱ忙しいんか?」 「……まぁ、そうだな」 「ふうん、まぁ疲れてんならアレだな。なんかの縁だけど、まぁちゃんとタクシー運転手やることにするわ。お客さん、どちらまで?」 「……××駅まで、頼む」 「承知いたしました~」 終電後のこの辺りはタクシー運転手にとっての狩場だ。平日でもそれはあまり変わらない。もちろん金曜日の夜にはお客さんはたくさん釣れるけど、こうやって疲れ切ったサラリーマンも拾える。 それにしても、大学卒業ぶりの友人を乗せるなんて、なんという偶然だろうか。確かこいつ証券会社入ってて、SNSで結婚報告もしてたなぁ。あれが多分3年前くらいだから、子供の1人や2人いてもおかしくないよな。 そうなると、僕の子供と同じくらいの年かもしれない。でも、マジで疲れ切ってんな、こいつ。事情聞くにも聞けない感じ。どんよ~りとした雰囲気。 僕は眼鏡をかけなおして、運転に集中することにした。 まぁ、疲れ切ってるときは友達に会ってもこうなっちゃうだろ。それは仕方がないことだし、僕はいま業務中なのでそのあたりは気にしない。それよりも友達のために、安全運転ながらも急いで××駅に向かうことにしよう。途中でメーター止めてやろうかな。それくらいしか友達のために出来ることは無いしな。 そうは思っても、まさか本当に××駅に着くまで無言を貫かれるとは思わなかった。 「着いたぞ」 「……あぁ、ありがとう」 「会計は……いらねぇや」 そう言ったら財布を取り出す手が止まった。 「友達割引ってことよ、ほら降りろ降りろ。奥さん待ってんでしょ」 ルームミラーで顔を確認するが、暗くて分かりづらい。 「……ありがとな」 「また今度乗ってくれや。長距離乗ってくれると有難い」 「……そうだな」 そういってあいつは降りて行った。小さく「本当にありがとう」と言って。 縁起でもないことが頭をよぎるが、多分忙しいだけだろう。週半ばだし、証券会社の世界は厳しいって聞くし。 路肩に寄せて、スマホで動画を開く。 いつも見ている、競馬専門のチャンネル。馬たちが走っている姿が映し出され、次に芸人とそのアシスタントみたいな女が映る。 今週は大一番。ここで俺の人生が決まる。 もう大体の予想は決まっている。あとは賭ける金額だけ。頭をよぎるのは、いまこの車の中に入っている現金のこと。 悪いことだとは分かっているが、それでも頭をよぎってしまう。 丁度、大学卒業ぶりの友人を乗せる前に乗せていた男が言っていた言葉を。 あの野太い声を。 「いや~タクシーの運転手さんも大変でしょう」 「そうですねぇ。でもまぁ、皆さんも大変でしょうし」 「運転手さん、競馬とか競輪とかやんないの?」 「恥ずかしながら……競馬が大好きでして」 「お、奇遇だねぇ。俺の友達のタクシーの運ちゃんも好きな奴がいんのよ」 「あんまり他に楽しみが無いもんで」 「その運ちゃんの面白い話……聞きたいかい?」 「え?」 「その運ちゃんなぁ、タクシーの売上に手付けてなぁ、競馬やってたんだよ。どうやら長距離走ってくれってお客が来たらしくてな。その金額なんと15万円だ! その15万円と、自分の貯金使って競馬やってよ、なんと大勝ちしやがったってんだ!」 「うわぁ……それはヤバいっすね」 「でも大当たりしたその中の金でちゃっかりタクシーの売上補填して、それでそのままリタイアさ」 「自分にはちょっとできないっすねぇ……」 「そりゃそうだよ、運転手さん。お天道様は見てるからなぁ、悪いことするもんじゃねぇよ。まぁ、そいつはのうのうと生きてやがるがよ」 今、この車の中には金が入っている。たくさんの現金が。キャッシュレス化の進んだこの世の中でも、走ってるところが走ってるところだ。キャッシュレスに対応できないご職業の人たちもいる。そういう人たちの現金払い。 生唾を飲む音を、久々に聞いた。 日曜日、僕は“なけなし”のお金を握りしめ、競馬場に向かっていた。もちろん、仕事の合間に。メーターをちょろまかし、少しずつ貯めた“なけなし”のお金。 いまやネットでも券は買える。自分が、取り返しのつかないことをやっている自覚はあった。だからこそ、まだ脚が震えている。戻るには、今しかない。様々な感情が、頭をよぎる。 これはれっきとした横領だ。社会的な制裁が強すぎる。バレたらもう元には戻れない。そうだ、やっぱり僕にはこんなことはできない。あのお客さんの話に引っ張られすぎた。それに、そうじゃないか。あいつは、証券会社勤めのあいつは、疲れ切るくらい一生懸命働いているんだ。あの日、あいつを乗せたのは、神様の啓示のようなものだったんだ。 やめよう。こんな馬鹿馬鹿しいこと。 そう思って振り返り数歩進む。 「おぉう、運ちゃんじゃねぇか!」 野太い声が、耳に入ってきた。知っている声だった。思わず顔を上げてしまう。 「その恰好、業務中かぁ? 運ちゃんも好きだねぇ。で、どいつに賭けるんだい?」 数日前に乗せた男が、目の前にいた。 「あ……どうも」 「なんだよ水臭ぇなぁ。これも何かの縁だろうよい。賭けに来たんだろ?」 「いや、今日は帰ろうかなぁって、ははは」 「ふうん、なんだい。そりゃ面白くねぇな。“先輩”として、面倒見てやろうと思ったのによ」 「……え?」 「この間、話しただろ。タクシーの運ちゃんの話、あれ、俺のことだよ」 「全部、教えてやるよ。駄目だったらいいとこ教えてやるし。お前も毎日毎日タクシー運転してて退屈だろ、どうだ? “リタイア”したくねぇか?」 僕は、もう一度競馬場の方を振り返った。 結果は惨敗だった。 どうしようもなく、惨敗だった。 「しょうがねぇよ、運ちゃん。これはギャンブルだしよぉ。勝ちもあれば、負けもある。でも続けてて最終的に勝ったら、それは“勝ち”なんだよ」 「あ……あ……金が……」 頭をよぎる。競馬場に入るまでによぎっていた最悪の未来予想図が脳内を流れ続ける。 すると、背中をバシっと叩かれた。 「しっかりしろい! 言ったろ、いいとこ紹介するって。着いてきな。あ、ちげぇな。運ちゃん仕事中なんだろ、一応。乗せて連れてってくれや。大丈夫だよ。ちゃんと料金は払うからよ」 運転した先は、△△駅の近くだった。この辺り一番の繁華街。前にこのおっさんを降ろしたのも、この辺りだった。 「おう、タクシーその辺停めて、ついてこい」 おっさんの大きい背中が急に威圧感を持ち始めた。その後に着いて行くと、小さな雑居ビルについた。看板の「青」という文字が読めたが、次の文字を認識する前に、エレベーターが動き出した。 「おう、お兄ちゃん。金貸してほしいんだって?」 サングラスをかけて、強面のお兄さんが、ソファに座っていた。 結局、タクシーからちょろまかして貯めた100万円分を借りることになった。 今まで消費者金融からも金を借りずに生きてきた僕だったからか、知らない世界過ぎて緊張しっぱなしだった。サインをして、100万円を借りた。そのお金をタクシーに乗せ、問題無かったかのように営業所に帰る。 売上としてお金を渡す。一気に100万円なんて返したら不審に思われるので、少しずつ分割して返す。 次の土曜日、あのおっさんから連絡が来た。 「おう、運ちゃん。どうだい。儲かってるかい?」 「いやぁ……そうですね……まぁ」 「なんだよ、歯切れ悪ぃなぁ」 「その、お金なんですが」 「あぁ、700万な」 え? 「あ? 何黙ってんだよ」 「……なな、ひゃく……って」 「おう、700万だ」 「だって、借りたのって……」 「100万だな」 「え、なな、え」 「あぁ? お前さぁ、契約書サインしたじゃん。書いてあったろ」 頭の中が真っ白になっている。何も考えられない。 「日曜に100万だろ? そこから月・火・水・木・金・土の6日間で、毎日100万ずつ追加、ほら700万。簡単な計算じゃねぇか。タクシー運ちゃんは多少暗算できなきゃうまくやれねぇだろ」 「……」 「……まさか、払えねぇってんじゃねぇだろうな」 「いや、その」 「じゃあ、払えるんだな」 「……いや」 口ごもっていると、電話の先でおっさんが「ふふん」と笑った。 「しょうがねぇなぁ」 そう言うと、スマホが小さく震えた。 「明日、そこに行け。そこに行ったことが確認出来たら、追加は無くしてやる。700万でいい」 「そこで、稼いで、必ず返せ」 そう言って、おっさんは電話を切った。 スマホの画面にはおっさんからのメッセージが来ていた。その住所に、明日向かえばいいのか。 タクシーに乗り込み、適当に走らせる。突然の衝撃に、頭がまだ揺さぶられていた。 そのとき、目の前で、大きなバンが突然止まった。バゴンっという音と共に、白いバンが止まる。車体が大きいからか、その前の様子が確認できない。 運転手が降りてきたので、おそらく事故だろう。 車線変更をして、横目でちらりと確認すると、白いバンが高級車の後方に追突していた。 不幸なのは僕だけじゃないって思えて、少しだけ安心した。
- 2023/12/5 22:15
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