ぜったい倍にしてかえすから @BlueguildV
強く生きる、がモットー。自作ボードゲームを企画〜デザイン・製作〜販売しています。 <出品ゲーム> 『どうぶつカードバトル』:どうぶつのカードを出し合って、場のりんご・さかなを取り合う白熱読み合いゲーム!(←化粧箱new!!) 『ゆうしゃBがあらわれた ゆうしゃCがあらわれた ゆうしゃDがあらわれた』:魔王を倒すのは誰だ!勇者同士のバトロワ! 『ラップかるた3』:誰でも簡単にラッパーになれる!オリジナルビートであなたもラッパーに! 『Re:Memoria』:小説×ボドゲの協力ゲー!プレイヤーが変わればストーリーも変わるマルチエンディングをご用意。 『From the Golden Records』:宇宙に遭難した宇宙飛行士が、自分の居場所を信号で伝える推理×パーティゲーム!
- 絶望のミュージシャン/「ぜったい倍にしてかえすから」
- 2023/12/5 22:17
BLUE GUILD 2023年秋出展
「ぜったい倍にしてかえすから」
登場する5人のキャラクターのうちの1人
ミュージシャンの秘密について
公開します。
※前回の「嵌められたタクシードライバー」から見ていただくとよりおもしろいです
↓↓
最悪だ。目の前で急に止まりやがった。確かによそ見はしていたけど、それでも全然車間距離はあったはずだ。バイトの連続で眠気があったのかもしれない。それは確かに認める。衝撃で首を少し傷めた気がする。
あ、怖めのおっさんが降りてきた。やばい、こっち向かってきてる。なんだよその柄シャツ。明らか過ぎるじゃん。グラサンにスキンヘッドって。あ、今度は後部座席から白スーツのおじさんも降りてきた。
あーあ、俺の人生、終わったね。
「おい、ちゃんと荷物積み込んだか?」
「はい、積み込みました」
「安全運転で行けよ。かなり高い機材積んでんだから。お前事故ったら、全部お前請求だぞ」
「じょーだんやめてくださいよ~」
「はぁ……ヘラヘラしやがって。まぁいいや、向かえ」
「あいあいさ~」
うん、ここまでは覚えている。これはライブハウスに向かう前の会話だ。今日はライブだったんだ。なんか、売れてないバンドと売れてないお笑い芸人の混合ライブみたいな。
先週の日曜日に、急に決まったライブだった。
売れてないバンドと売れてないお笑い芸人の女ファンたちがちらほらいるくらいで、あとは内輪のなれ合いライブ。俺は出ない。多少のお小遣いがもらえるからやっている。
それに、俺のバンドはそろそろいい感じになりそうなんだ。ただ、今日はそんなことは表には出せない。『売れないバンドのさえない後輩』を演じなければいけない。お金を稼ぐためだ。
30歳にもなって大好きな音楽をやり続けるためには、お金が必要だ。高校時代の塾友達は大きな証券会社で働いている。そいつはそろそろ子どもが生まれるとSNSに書いていた。あいつとは違ってお金はたくさん稼げない。楽器は愛機があるからいいけど、スタジオなりライブなりレコーディングなり、それなりにお金がかかる。
そうだ。だから、今日、俺はこんなしょうもないバイトをしていたんだ。うん。ここまでは覚えている。
ライブの状況はどうだったっけな。なんか女たちがキャーキャー言ってたな。観客少ないのにキャーキャー言っててなんか笑える。でもいま笑ったら多分こっちに向かってる柄シャツのおっさんに殺される。
あれ? このスピード感、走馬灯かな。めちゃくちゃ外の景色がスローモーションだ。
あと何してたっけ。
そうそう、そうだ。お笑い芸人のライブ中に外で煙草吸ってたんだ。先輩のバイトが出るまでは暇だったから、時間を潰してた。お笑い芸人たち面白くなかったし。数分だけ見て抜けてきたんだ。そうそう。そういえば煙草切らしてたんだった。
あれ、白スーツのおっさんは立ち止まったままなんだ。ふーん。多分お偉いさんなんだろうな。だって柄シャツのおっさんの方が格下感あるもんね。
そうそう、そういえばちょっとだけ顔見たことある芸人さんもいたな。テレビとかじゃないんだけど、どっかで見たことある。動画サイトとかかな。その芸人さんが後輩芸人連れて喫煙室に来たんだ。なんか居心地が悪くなって、俺はライブハウス内に戻ったけど。
それで、先輩のつまんないライブも無事終えて、また機材積んで、バンで走っていたんだ。昨日の夜、というか今日の早朝まで居酒屋の締めやってたから眠かった。そう、眠かったんだ。でも機材を傷つけちゃいけないし、って思って慎重に運転してて、でも慎重に運転しなきゃって思ってたらなんか眠くなってきてて、目の前に高そうな車いるなぁって思ってはいたけど、うつらうつらって。
気付いたらブレーキから足離れてて、ドンって衝撃と合わせて首が前後にぐわんって振られて、それで完全に目が覚めた。
うん、全部思い出した。
窓がコンコン、と叩かれる。
俺はその音を聞いて、窓を見る。ごつそうな拳が、小さく窓を叩いている。
窓を開けた。
「兄チャン、ちょっとそっち停めて、お話しようや」
「困るなぁ……兄チャン」
「ほんっとにすみません!!」
「あぁ……?」
柄シャツの男がサングラスを少しだけ上にあげて、俺を見る。
「……すみません」
「すみませんで済むなら警察要らないのよぉ……わかるかい? 兄チャン」
よく見ると、頬に傷がある。
マジでその筋じゃん。
「俺はいいんだけどよぉ……一緒に乗ってた親父がさぁ、首痛めちゃってよぉ。あと腰も。折れちゃってるかもしれねぇなぁ。なぁ、親父ぃ」
柄シャツが高級車に声をかけるが、もちろん声は返ってこない。
「あーあー……痛むんだろうなぁ。親父可哀想だなぁ。それにさぁ、この車も親父のお気に入りでなぁ。可哀想に尻にこんな傷ついちゃってよぉ……」
そんな、大きな傷は見当たらない。凹みはあるが、そこまでのものとは思えない。ただ、俺は相場を知らない。そんな高そうな車の修理費用なんて想像もつかない。
「まずは修繕費だなぁ……それに親父の怪我の慰謝料。あと治療費と通院費もだなぁ。首と腰だし、湿布とかコルセットとかも買わなきゃいけねぇんだよなぁ……」
「……すみません、すみません」
ただ呪文のように謝罪の言葉を紡ぐしかできない。
「あぁ!? 聞こえねぇよ!!」
「ひっ」
「おい、貸せ」
柄シャツが俺の尻ポケットから長財布を奪い取った。高校生の頃に初めて買ったボロボロの長財布。
その長財布を色々と物色する。
「あんだよ、金無しかよ」
その言葉が聞こえて、一瞬ほっとした。金が無いから、許してもらえる。お金が無くて良かった、と思えた一瞬だったが、次の言葉で全てが無に帰した。
「借りてでも払ってもらうからな」
結局、免許証の写真を撮られて、そのまま返された。電話番号も渡す羽目になった。スマホを奪われ、恫喝紛いの勢いで電話番号を聞かれた。柄シャツのおっさんは車の中から明らかに私用じゃないスマホを取り出して、俺から聞き出した電話番号を入力して電話を掛けた。
この世で一番聞きたくない音がスマホから流れて、少しして止まった。
先輩の働くライブハウスに機材を届ける。バンの正面は少し凹んだまま。これはレンタカーなので、あとで返しに行かなければならない。なんて説明しようか。当たり屋に当てられて、なんて言ったところで聞いてくれるとも思えない。それに言ったことがバレたら、あのおっさんたちに殺されかねない。
「おい、機材めちゃくちゃじゃねぇか!!」
バンのトランクを開けてみたら、確かにアンプや楽器類が倒れていた。特にソフトケースに入ったギターの上にアンプが倒れていて、取り出さなくても折れているのが分かる。
中にしまい込んだのは手伝ったけど、固定とかはお前らがやったんだろ、とは言わない。
「馬鹿野郎! お前何してくれてんだよ!!」
そう言って先輩バンドのギタリストが俺を殴った。俺も、何をされているのかが分からない。
「てめぇ! 弁償だかんな!!」
弁償で済ますくらいの愛機なんだなぁって頭のどこかで思った。
レンタカーを返す時も、勝手に俺の免許証で先輩が借りていて、そして保険にも入っていなかった。地獄は終わらない。受付のお姉さんが店長みたいなおじさんを呼んできて、「払えない……と言われましても……」と言ってきた。そうだよね。俺もそう思う。
そんなとき、電話が鳴った。見知らぬ番号だった。
「すみません、ちょっと」と受付のお姉さんに言って、店の外に出る。
「おう。出たか。さっきの事故の件だ」
絶望感がおしよせてくる。
「えー、まずは親父の状況についてだが、首の痛みと手先のしびれ、あと腰の痛みと足先のしびれがあって医者からは全治6ヵ月って言われたな。その期間の通院費と治療費、あと後遺障害ってやつが残るからその慰謝料だな。それに加えて車の修繕費と、慰謝料。こっちの慰謝料は心的慰謝料だ。もろもろ含んで、500万だ」
脚が震える。
「払わなかったら、どうなるか分かってるよな?」
レンタカーの修理代、先輩バンドマンの機材修理費用、柄シャツと白スーツのおっさんたちの件、これら含めて700万円になった。
このまま……と思って歩道橋から道路を眺める。
700万円って、どうやって稼ぐの?
バンドで売れたらすぐなのかなぁ。
そもそも貸してくれるところあんのかな。
お金借りるって、ちょっとは借りたことあるけど、700万円って。
そういうのって信用とか必要なんじゃなかったっけ。馬鹿だから分かんないなぁ。
行くだけ行ってみようかなぁ。門前払いかなぁ。
多分有名どころ行っても断られるよなぁ。
すると、またしてもスマホが鳴った。
今度は本当に知らない番号だった。おそるおそる、通話ボタンを押す。
「お世話になっておりマス~。青魚金融と申しマス~。お困りであるとお伺いしたノデ、ご連絡いたしマシタ~」
「……どなたでしょうか」
「知ってますヨ。お困りなのでショウ? 700万円までなら、お貸しいたしますヨ」
心臓が、どくんと音を立てた。
「……どこで知ったんですか?」
「そんなことはどうでもイイ。あなたは今、お金が必要、デショ?」
思わず歩道橋の上で回りを見渡す。俺を見ている人はどこにもいない。
「700万円、即決でお貸ししますヨ」
妙に明るい声が、頭の中で反響する。
「その代わり、明日、今から送る場所に来てくだサイ。お金と引き換えに借用書をお渡ししマス」
耳元でスマホが、小さく震えた。メッセージが届いたことを知らせる音だった。