ぜったい倍にしてかえすから

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嵌められたタクシードライバー
2023/12/5 22:15
ブログ

BLUE GUILD 2023年秋出展

「ぜったい倍にしてかえすから」

 

登場する5人のキャラクターのうちの1人

タクシードライバーの秘密について

公開します。

※前回の「サラリーマンがギャンブルをする理由」から見ていただくとよりおもしろいです

 

↓↓

 

 

「いやーマジで久しぶりじゃん。こんな遅くに」

「……あぁ、そうだな」

「元気ねぇな。お前証券会社だっけ? やっぱ忙しいんか?」

「……まぁ、そうだな」

「ふうん、まぁ疲れてんならアレだな。なんかの縁だけど、まぁちゃんとタクシー運転手やることにするわ。お客さん、どちらまで?」

「……××駅まで、頼む」

「承知いたしました~」

 

 終電後のこの辺りはタクシー運転手にとっての狩場だ。平日でもそれはあまり変わらない。もちろん金曜日の夜にはお客さんはたくさん釣れるけど、こうやって疲れ切ったサラリーマンも拾える。

 それにしても、大学卒業ぶりの友人を乗せるなんて、なんという偶然だろうか。確かこいつ証券会社入ってて、SNSで結婚報告もしてたなぁ。あれが多分3年前くらいだから、子供の1人や2人いてもおかしくないよな。

 そうなると、僕の子供と同じくらいの年かもしれない。でも、マジで疲れ切ってんな、こいつ。事情聞くにも聞けない感じ。どんよ~りとした雰囲気。

 僕は眼鏡をかけなおして、運転に集中することにした。

 まぁ、疲れ切ってるときは友達に会ってもこうなっちゃうだろ。それは仕方がないことだし、僕はいま業務中なのでそのあたりは気にしない。それよりも友達のために、安全運転ながらも急いで××駅に向かうことにしよう。途中でメーター止めてやろうかな。それくらいしか友達のために出来ることは無いしな。

 

 そうは思っても、まさか本当に××駅に着くまで無言を貫かれるとは思わなかった。

「着いたぞ」

「……あぁ、ありがとう」

「会計は……いらねぇや」

 そう言ったら財布を取り出す手が止まった。

「友達割引ってことよ、ほら降りろ降りろ。奥さん待ってんでしょ」

 ルームミラーで顔を確認するが、暗くて分かりづらい。

「……ありがとな」

「また今度乗ってくれや。長距離乗ってくれると有難い」

「……そうだな」

 そういってあいつは降りて行った。小さく「本当にありがとう」と言って。

 

 縁起でもないことが頭をよぎるが、多分忙しいだけだろう。週半ばだし、証券会社の世界は厳しいって聞くし。

 路肩に寄せて、スマホで動画を開く。

 いつも見ている、競馬専門のチャンネル。馬たちが走っている姿が映し出され、次に芸人とそのアシスタントみたいな女が映る。

 今週は大一番。ここで俺の人生が決まる。

 もう大体の予想は決まっている。あとは賭ける金額だけ。頭をよぎるのは、いまこの車の中に入っている現金のこと。

 悪いことだとは分かっているが、それでも頭をよぎってしまう。

 丁度、大学卒業ぶりの友人を乗せる前に乗せていた男が言っていた言葉を。

 あの野太い声を。

 

「いや~タクシーの運転手さんも大変でしょう」

「そうですねぇ。でもまぁ、皆さんも大変でしょうし」

「運転手さん、競馬とか競輪とかやんないの?」

「恥ずかしながら……競馬が大好きでして」

「お、奇遇だねぇ。俺の友達のタクシーの運ちゃんも好きな奴がいんのよ」

「あんまり他に楽しみが無いもんで」

「その運ちゃんの面白い話……聞きたいかい?」

「え?」

「その運ちゃんなぁ、タクシーの売上に手付けてなぁ、競馬やってたんだよ。どうやら長距離走ってくれってお客が来たらしくてな。その金額なんと15万円だ! その15万円と、自分の貯金使って競馬やってよ、なんと大勝ちしやがったってんだ!」

「うわぁ……それはヤバいっすね」

「でも大当たりしたその中の金でちゃっかりタクシーの売上補填して、それでそのままリタイアさ」

「自分にはちょっとできないっすねぇ……」

「そりゃそうだよ、運転手さん。お天道様は見てるからなぁ、悪いことするもんじゃねぇよ。まぁ、そいつはのうのうと生きてやがるがよ」

 

 今、この車の中には金が入っている。たくさんの現金が。キャッシュレス化の進んだこの世の中でも、走ってるところが走ってるところだ。キャッシュレスに対応できないご職業の人たちもいる。そういう人たちの現金払い。

 

 生唾を飲む音を、久々に聞いた。

 

 日曜日、僕は“なけなし”のお金を握りしめ、競馬場に向かっていた。もちろん、仕事の合間に。メーターをちょろまかし、少しずつ貯めた“なけなし”のお金。

 いまやネットでも券は買える。自分が、取り返しのつかないことをやっている自覚はあった。だからこそ、まだ脚が震えている。戻るには、今しかない。様々な感情が、頭をよぎる。

 これはれっきとした横領だ。社会的な制裁が強すぎる。バレたらもう元には戻れない。そうだ、やっぱり僕にはこんなことはできない。あのお客さんの話に引っ張られすぎた。それに、そうじゃないか。あいつは、証券会社勤めのあいつは、疲れ切るくらい一生懸命働いているんだ。あの日、あいつを乗せたのは、神様の啓示のようなものだったんだ。

 やめよう。こんな馬鹿馬鹿しいこと。

 そう思って振り返り数歩進む。

 

「おぉう、運ちゃんじゃねぇか!」

 

 野太い声が、耳に入ってきた。知っている声だった。思わず顔を上げてしまう。

 

「その恰好、業務中かぁ? 運ちゃんも好きだねぇ。で、どいつに賭けるんだい?」

 

 数日前に乗せた男が、目の前にいた。

「あ……どうも」

「なんだよ水臭ぇなぁ。これも何かの縁だろうよい。賭けに来たんだろ?」

「いや、今日は帰ろうかなぁって、ははは」

「ふうん、なんだい。そりゃ面白くねぇな。“先輩”として、面倒見てやろうと思ったのによ」

「……え?」

「この間、話しただろ。タクシーの運ちゃんの話、あれ、俺のことだよ」

 

「全部、教えてやるよ。駄目だったらいいとこ教えてやるし。お前も毎日毎日タクシー運転してて退屈だろ、どうだ? “リタイア”したくねぇか?」

 

 僕は、もう一度競馬場の方を振り返った。

 

 

 結果は惨敗だった。

 どうしようもなく、惨敗だった。

「しょうがねぇよ、運ちゃん。これはギャンブルだしよぉ。勝ちもあれば、負けもある。でも続けてて最終的に勝ったら、それは“勝ち”なんだよ」

「あ……あ……金が……」

 頭をよぎる。競馬場に入るまでによぎっていた最悪の未来予想図が脳内を流れ続ける。

 すると、背中をバシっと叩かれた。

「しっかりしろい! 言ったろ、いいとこ紹介するって。着いてきな。あ、ちげぇな。運ちゃん仕事中なんだろ、一応。乗せて連れてってくれや。大丈夫だよ。ちゃんと料金は払うからよ」

 運転した先は、△△駅の近くだった。この辺り一番の繁華街。前にこのおっさんを降ろしたのも、この辺りだった。

「おう、タクシーその辺停めて、ついてこい」

 おっさんの大きい背中が急に威圧感を持ち始めた。その後に着いて行くと、小さな雑居ビルについた。看板の「青」という文字が読めたが、次の文字を認識する前に、エレベーターが動き出した。

「おう、お兄ちゃん。金貸してほしいんだって?」

 サングラスをかけて、強面のお兄さんが、ソファに座っていた。

 

 

 結局、タクシーからちょろまかして貯めた100万円分を借りることになった。

 今まで消費者金融からも金を借りずに生きてきた僕だったからか、知らない世界過ぎて緊張しっぱなしだった。サインをして、100万円を借りた。そのお金をタクシーに乗せ、問題無かったかのように営業所に帰る。

 売上としてお金を渡す。一気に100万円なんて返したら不審に思われるので、少しずつ分割して返す。

 

 次の土曜日、あのおっさんから連絡が来た。

「おう、運ちゃん。どうだい。儲かってるかい?」

「いやぁ……そうですね……まぁ」

「なんだよ、歯切れ悪ぃなぁ」

「その、お金なんですが」

「あぁ、700万な」

 

 え?

 

「あ? 何黙ってんだよ」

「……なな、ひゃく……って」

「おう、700万だ」

「だって、借りたのって……」

「100万だな」

「え、なな、え」

「あぁ? お前さぁ、契約書サインしたじゃん。書いてあったろ」

 頭の中が真っ白になっている。何も考えられない。

「日曜に100万だろ? そこから月・火・水・木・金・土の6日間で、毎日100万ずつ追加、ほら700万。簡単な計算じゃねぇか。タクシー運ちゃんは多少暗算できなきゃうまくやれねぇだろ」

「……」

「……まさか、払えねぇってんじゃねぇだろうな」

「いや、その」

「じゃあ、払えるんだな」

「……いや」

 口ごもっていると、電話の先でおっさんが「ふふん」と笑った。

「しょうがねぇなぁ」

 そう言うと、スマホが小さく震えた。

 

「明日、そこに行け。そこに行ったことが確認出来たら、追加は無くしてやる。700万でいい」

 

「そこで、稼いで、必ず返せ」

 

 そう言って、おっさんは電話を切った。

 スマホの画面にはおっさんからのメッセージが来ていた。その住所に、明日向かえばいいのか。

 タクシーに乗り込み、適当に走らせる。突然の衝撃に、頭がまだ揺さぶられていた。

 そのとき、目の前で、大きなバンが突然止まった。バゴンっという音と共に、白いバンが止まる。車体が大きいからか、その前の様子が確認できない。

 運転手が降りてきたので、おそらく事故だろう。

 車線変更をして、横目でちらりと確認すると、白いバンが高級車の後方に追突していた。

 

 不幸なのは僕だけじゃないって思えて、少しだけ安心した。

 

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