ぜったい倍にしてかえすから @BlueguildV
強く生きる、がモットー。自作ボードゲームを企画〜デザイン・製作〜販売しています。 <出品ゲーム> 『どうぶつカードバトル』:どうぶつのカードを出し合って、場のりんご・さかなを取り合う白熱読み合いゲーム!(←化粧箱new!!) 『ゆうしゃBがあらわれた ゆうしゃCがあらわれた ゆうしゃDがあらわれた』:魔王を倒すのは誰だ!勇者同士のバトロワ! 『ラップかるた3』:誰でも簡単にラッパーになれる!オリジナルビートであなたもラッパーに! 『Re:Memoria』:小説×ボドゲの協力ゲー!プレイヤーが変わればストーリーも変わるマルチエンディングをご用意。 『From the Golden Records』:宇宙に遭難した宇宙飛行士が、自分の居場所を信号で伝える推理×パーティゲーム!
- 笑えないお笑い芸人/「ぜったい倍にしてかえすから」
- 2023/12/5 22:20
BLUE GUILD 2023年秋出展
「ぜったい倍にしてかえすから」
登場する5人のキャラクターのうちの1人
お笑い芸人の秘密について
公開します。
※前回の「絶望のミュージシャン」から見ていただくとよりおもしろいです
↓↓
「お前さぁ、投資とか興味ない?」
「お、お疲れ様です。投資っすか?」
「そうだよ、投資」
「投資ってあれですか? 証券会社とかの」
「お、詳しいじゃねぇか」
「大学のゼミの友達がいまして……でも俺、金無いっすよ?」
「馬鹿だなぁお前。何も知らねえんだな。無けりゃ借りりゃいいだけじゃねぇか」
「借りりゃいいって、俺らって金借りられるんですか?」
「お前、バイトは?」
「してますけど」
「月どんくらい?」
「手元に残るのは10万円とかっすかね」
「ってことは30万くらい稼いでんだろ?」
「まぁ、もうちょい少ないくらいっす」
「……増やしたくねぇか?」
「……増やしたいっす」
「そんなお前に、いいことを教えてやろう。っとっとっと。こんなところで話す話じゃねぇわな。喫煙室行こうぜ」
「秘密話っぽいっすね」
「あんまり知られるとライバル増えるだろ」
「投資ってライバルとかあるんすか? あ、お疲れーっす」
「そりゃ仕組みなんて知ってるもん勝ちなんだから、俺らだけで独占したくね?」
「あ、出てっちゃった。あの人演奏してましたっけ?」
「あぁ? さぁ、知らねぇよ。手伝いとかだろ」
「バンドマンも大変っすねぇ」
「女にキャーキャー言われているバンドマンの何が大変なんだよ」
「そりゃ先輩モテないっすもん」
「うるせぇよ」
「すいやせん」
「そんなことより、話の続きだ。俺の知り合いにな、700万円まで貸してくれる会社がある」
「ななひゃっ……!」
「馬鹿! 声でけぇよ」
「……だれも居ないからいいじゃないっすか」
「どこで誰が聞いてるか分かんねぇだろ」
「……700万ってマジっすか?」
「おうよ。投資っていうのは元手が大事だからな」
「まぁ、たしかに10万円とかでしこしこやっても意味無さそうすもんね」
「というか、そんなの我慢できねぇだろ」
「まぁ、もらえるなら手っ取り早く欲しいっすけど」
「ライブで地道にとか待ってらんねぇんだよな」
「いやー先輩、多少売れてる人がそれ言います?」
「多少も多少だろ。全然だ」
「俺らよりマシじゃないっすか」
「あれ? そういえば相方は?」
「腹痛いつって帰りました」
「あれ? まだ一緒住んでんだっけ」
「そうっすよ」
「居ねぇなら仕方ねぇか。あいつの方がセンスありそうなんだけどな」
「いいっすよ。聞いたら俺、話しとくんで」
「いーや、ライバルが増える」
「そこのこだわり強いんすね。ていうかじゃあなんで俺なんすか」
「この界隈でお前が一番金持ってそうだから」
「全然っすよ?」
「毎月手元に10万残るなら万々歳だろうがよ」
「地道に働いているんで」
「だから、そこから抜け出そうって話だ」
「本題入ってくださいよ」
「……お前、青魚金融って知ってるか?」
「……CMとかやってましたっけ」
「話の流れで分かるだろ。ポンって700万貸してくれるところがテレビでCMなんて流すわけねぇだろ」
「……ヤミっすか?」
「そんなもんじゃねぇよ。投資専門金融機関って聞いた」
「うさんくせぇ~」
「元ブルギルの鯖さん、いるだろ?」
「あー、あの相方飛んじゃってピン芸人やってる」
「そう、あの人。あの人がそこから金借りて、めちゃくちゃでっかく当ててんだよ」
「どおりで最近劇場で見ないわけっすね」
「めちゃくちゃ優雅な生活してたぞ。もうお笑いやらないのかと思ったら、『いま生活に余裕できたから、こういう時間使ってネタ作る』って」
「あの人のギリギリで生きてる感が好きだったんだけどなぁ」
「それは言ってやんなよ」
「うーん」
「悩んでんじゃん」
「そりゃまぁ、羨ましいっちゃ羨ましいですからね」
「お笑いも楽しみながら、投資も楽しむ。最高じゃねぇか」
「で、俺らで第二の鯖さんになろうと」
「そういうことだ」
「よっしゃ! 乗った!」
「流石だ! じゃあ、今度連絡するわ」
「あざっす、待ってます!」
そう言って、先輩は喫煙室から出て行った。俺はその後、他の芸人のライブを観て笑ったり、バンドの演奏を聴きながらキャーキャー言っている女の子たちを眺めたりして、家に帰った。バンドマンたちは機材とかをバンに積んでいて、忙しそうだなぁと思った。
そういえば相方は腹が痛いと言って家に帰っていたが、大丈夫だろうか。薬局に寄って薬でも買ってやろう。
しばらく歩いて、コロッケを買い食いしたり、銭湯のいい匂いを感じたり、落語を聴きながら薬局に寄ったり、薬を買ったりして家に着いた。
家に、着いた。
家のドアが開きっぱなしだった。
不審に思って、ドアから中を覗く。見慣れない黒い革靴が乱雑に脱ぎ捨てられていた。おそらく3人分の。狭い玄関に所せましと脱ぎ捨てられた革靴のせいで、自分の靴の置き場が見当たらない。
踵の潰れたスニーカーをサンダルのように履いている俺は、玄関の外で靴を脱いで、部屋の奥に向かう。すりガラスのドアが閉まっていて、その奥で、黒い何かが動いたように見えた。
ドアが開いて、中の様子が見える。
黒服の男3人、和室の部屋に似つかわしくない姿。その男たちに囲まれ、ちゃぶ台で正座をさせられている相方。
「おう、帰ったか。お前の相方、お前の印鑑とお前の名前とお前の免許証で、ウチから700万借りてんだけど、どうしてくれんの?」
相方はちゃぶ台の前で正座しながら、ボロボロ泣いていた。何が起きたのか、全く理解ができなかったが、俺はさっき先輩から聞いた話で合点がいった。
おそらく、相方は知っていたのだ。この金貸しのことを。それで。
それで?
それで、何で俺の名義?
「こいつ、ウチから700万上限きっかり借りてよ、飛ぼうとしやがったんだよ」
黒服の1人が、顎で相方を指しながら俺に言った。
「せめてもの罪悪感なのか知らねぇけど、ちゃんと電話番号は自分にしてんだよ。まぁ、そのスマホも捨てるつもりだったんだろ? なぁ!!」と言いながら、もう1人がちゃぶ台を蹴る。
蹴る足を見て、こういう人も玄関で靴脱ぐんだ、と思った。おそらくこれは現実逃避だ。
「で、お前、返せる?」
「……はい?」
現実逃避をしている俺の頭はうまく動作しない。
「か・え・せ・る・かって聞いてんだよ!」
もう一度黒服が、ちゃぶ台を蹴った。
「……無理っす」
俺は相方の顔を見るが、相方は顔を上げない。俺の顔を見ない。
なるほど。分かった。
俺は裏切られたのか。
ネタ作り、真夜中のファミレス、舞台、ライブでの拍手、ツッコミの叩き、語った夢、嫌いな芸人の悪口、可愛かったファンとのやり取り、先輩との飲み会。
これらがいっぺんに頭の中を過ぎていく。
「無理って言ってもさぁ……お前の名義なんだよね」
「いや、知らな」まで言いかけた時、相方が俺の顔を見た。
なんだよその顔。お前が勝手にやったことだろうがよ。
「知らないって言っても、こっちこそそんな都合知らないっていうか。連帯保証人みたいなもんだわ。それよりタチ悪ぃんだけどな。お前の相方。馬鹿だよ。馬鹿でクズだ。それでもお前は、このクズのせいで700万の借金を負った。ウチに対してね」
「……」
「黙ってちゃわかんないんだわ。とりあえず、返せないなら、お前かこいつがどうにかなる。名義はお前だから、ウチはお前をどうにかしなきゃなんないわけだ。これが社会の道理。分かるか、“お笑い芸人”さん」
言葉が何も出てこない。
一瞬顔を上げた相方は、またしても顔を伏せた。
「……投資っすか?」
「あぁん?」
「……投資して返すって話を……聞きました」
「投資の経験は?」
「……無いっすけど。あ、鯖さんの」
「あ? 鯖?」
「いや……」
「鯖ってあいつじゃないっすか? 前にウチから700万借りた」
「あぁ……あの阿呆か」
「……やっぱりご存知で」
「あぁ……知ってるが?」
黒服の中心に立っているリーダー各の男が、片頬を歪ませながら俺を睨んだ。
「……鯖さんが……投資で、稼いで返した……って」
「お前、最近あいつの姿見たか?」
「……いや」
「それは“そういうこと”だ」
事実を認識して、足先から震えが昇ってくる。
「まぁ、正確には返せなくて“そうなった”わけではない」
そう言いながら、リーダー各の男が、俺に向けて名刺のようなカードを投げつける。
もちろんうまく受け取ることもできず、腕に当たって地面に落ちた。
「明日、そこに来い」
黒服の男たちは、俺と相方を置いて、部屋から出て行こうと動き出す。
すれ違いざまに、
「うまくいけば、鯖みたいにはならなくて済む」
と、小さく言って、出て行った。