符亀 @Hu_games
ゲームマーケット2017秋より参加させていただいております、符亀と申します。
拙作「マジカルカナグル」「愛羅武粋逸」「ロングロングマホウ」「超超長城」「ツミカブリ」「リーサルチェックメイト」「インヴァージョン」「アマロン」「バックハンダー」「皇継の書状」「サイクリアン」「シリアリアン」については、ゲーム一覧ページをご覧ください。
- 【寄稿文】「アマロンの元ネタ、Totenbrettとは」
- 2021/4/1 21:58
皆様こんばんは、符亀です。
春ゲムマの新作アブストラクト「アマロン」ですが、その正式タイトルは「アマロン-From Totenbrett-」となっています。
この「Totenbrett」とは何なのかについて、東京大学大学院に通う修士の知り合い、王仁辰巳氏に寄稿文を書いてもらいました。コネの使い方が異質すぎる。
ガチで解説してくれと言った結果、参考文献が10個ぐらい詰まったword3ページの怪文書ガチのやつが届きましたので、以下転載いたします。
今回、符亀氏より「アマロン -From Totenbrett-」(以下「アマロン」)の元ネタである「死者の盤」について、解説を頼まれた。学生、それもイジプト史やゲーム史を専門としない身で恐縮ではあるが、私の知識の限りを述べたいと思う。
「死者の盤」は古代イジプトの遺跡より出土した遺物の1つであり、区切られた板のようなものと、円盤状または薄い直方体状のコマのようなものから成る。そのコマには、神々を表す文字や絵が刻まれている。このことから、同様の特徴を持つ「死者の書」にちなみ、死者の盤と名付けられた。「死者の書」はその歴史的経緯よりドイツ語を用いて「Totenbuch」と書かれることもある[1][2]が、「死者の盤」がそのような表記をされることは、ドイツ語の文献でしかない。いきなり否定するような形で申し訳ないのだが、故に英語交じりの「From Totenbrett」という表記は、一般的には用いられない。符亀氏の勘違いか、遊び心によるものであると思われる。
「死者の盤」はゲームの一種と見られているため、そのルールから解説をしたいところである。しかし残念なことに、「死者の盤」のルールは不明である。古代においては、ルールが詳細に記載された説明書も指南書も存在しないからだ。何らかの形で記述がなされた可能性もあるが、少なくとも現在は発見されていない。
またゲームに使用されるもの、いわゆるコンポーネントについても、その上記のコマとボードという構成が正しい保証はない。これらが複数の遺跡からセットで見つかっているため、おそらくこれらから成るゲームであろうと考えられているにすぎないのである。例えば、コマは「死者の盤」のものだが盤はただ得点を記載するためのボードにすぎないといった可能性も否定できず、事実そのような可能性を唱える研究者もいる[3]。コマの数も遺跡によって差異が激しく、2つしか見つからなかった遺跡から一度に30弱の石が出土した例まで幅広い。
この謎のゲームの「説明書を作る」にあたり、よく行われている方法が他のゲームからの類推である。その際用いられる代表的作品が、「セネト」である。これは同様に古代遺跡から出土したゲームであり、「死者の盤」よりも発見時期が早かったこともあり盛んに研究がされた、あるいはされているゲームである。故にルールの予想も多くなされており、なんとBoard Game Arenaで実際に遊ぶことすらできる[4]。そこで再現されている[5]ように、「セネト」はすごろくのようなゲームとするのが通説であり、ここでもそれに従う。
「セネト」と「死者の盤」の共通点は、主に2つ挙げられる。1つはそのコンポーネントであり、どちらもマス目を持つ盤とコマを使って遊ぶゲームだとされる。ただし、「セネト」にはサイコロとして棒や骨が使われていたとされているが、「死者の盤」でそれらが同時に見つかった例は(私の調べた限り)存在しない。ここから、「死者の盤」はすごろくよりも将棋や囲碁のようなゲームに近い、またはこれらとは全く異なるゲームであると考えられる。このゲームを宗教的な側面の強いものと見る研究者には、「死者の盤」に現在我々の考える「ゲーム性」など存在しないとする者もいる[6]が、この考えについては後に再度触れたい。
もう一つの共通点は、そのテーマ(ボードゲーム風に言えば「フレーバー」になるのだろうか)にある。「死者の盤」のコマに「死者の書」に登場する神々が描かれているのは既に述べたが、実は「セネト」にも同様の特徴が見られるのである。「セネト」のマスのいくつかには絵が描かれており、その1つは「トートの家」と呼ばれている[7]。このトートとはトキの頭を持つ神であり、「死者の書」にも書記のような役割で登場する。このように、「死者の盤」と「セネト」は宗教的フレーバーという共通項を持つ。さらには「死者の書」中に「セネト」を遊んでいる死者たちが登場する[8]ので、「セネト」の宗教性はフレーバーにとどまらない。このように宗教的要素の強い「セネト」でもゲーム性があるとする学説が一般的な以上、「死者の盤」についても、我々の考える「ゲーム」に近いルールがあるはずがないと否定してしまうことはできない。
余談だが、トート神は日本ではマイナーな神であるにも関わらず、「アマロン」のコマとしてこの神が採用されているのは興味深い。符亀氏が「セネト」へのトート神の登場を調べ、かつそれを製作に活かした可能性が高いと考えられる。
このように、「死者の盤」は宗教性を持ちさらには儀式用の道具であったのかもしれないが、それでも一定のゲーム性はあったとする方が自然であろう。では、そのゲームとしてのクオリティはどの程度だったのだろうか。先述の通りルールが記された史料こそないが、複数の種類のコマと盤の存在から、そのルールは一般的にチェスに近いとみなされている。ただしその勝利条件、つまりどうなるとゲームが終わって誰が勝つのかについては、意見が割れている。ある研究者はチェスのように特定のコマを取られると考え、別の研究者は全てのコマを全滅させたり一定数以上のコマを取ったりする必要があるのではないかと主張している[9]。
意見が割れている理由、より正確には前者の主張が説明できていない点が、キングに相当するコマが見つかっていないことにある。この重要なポジションを担うコマはどの「死者の盤」でも共通であると考えるのが自然だが、出土した「死者の盤」に共通する1対のコマは存在しない[10]。確かに、現代の商品とは異なり、古代のゲームでは同じ役割を担うものが別のイラストで表現されている可能性は否定しきれない。しかし「死者の盤」が宗教的意味も持っていたことを考えると、ゲームの勝敗を担う重要なポジションに位置する神をコロコロ変えるとは考えにくい。故にそもそもキングにあたるコマが無いのではないかという疑念が消せず、未だに論争になっているのである。
最後に、1点面白い事例を挙げたい。2019年、陽実氏が「死者の盤」にコマ以外のコンポーネントがある可能性を提唱し[11]、注目を浴びた。度々模様のない石片や木片が出土してはいたものの、それらは模様が風化により失われただけの、劣化したコマであるというのが通説であった。当文献では、これがコマと異なる使い方をされていた「第三のコンポーネント」であるという説を提唱しており、「死者の盤」が従来の学説よりも複雑なゲームである可能性が提示されたのである。「アマロン」の特徴はキューブを消費することにより追加行動ができる点であると聞いているが、その発想の元はおそらくこの学説であろう。
以上、「アマロン」の原案である「死者の盤」について、私の知る限りを述べた。本業と異なる題材、かつ日ごろ意識しているのとは異なる読者層向けの文であるため、読みにくいところがあるかもしれない。この場を借りて謝罪したい。また、面白い課題を与えてくれた符亀氏、そして何よりこのような悪筆を最後まで読んでいただいたあなたに、この場を借りてお礼を申し上げたい。
参考文献、注釈など
[1] 石上玄一郎 1980 エジプトの死者の書 人文書院 P39
[2] 村治笙子・片岸直美(文) 仁田三夫(写真) 2002 図説|エジプトの「死者の書」 河出書房新社 P14
[3] 河江作治 2002 イジプトゲーム史 民明書房 P45
[4] https://ja.boardgamearena.com/table?table=12792049
[5] ただし、このルールが古代におけるものと一致している保証はない。
[6] P. Myriad et al. “Agyptian religious “Games”” Agyptian History, 2012, 11, 43-56.
[7] Peter A. Piccione 1980 In Search of the Meaning of Senet
[8] 村治笙子・片岸直美(文) 仁田三夫(写真) 2002 図説|エジプトの「死者の書」 河出書房新社 P54
[9] Net B. Totter “A review of totenbrett” Agyptian History, 2014, 17, 28-42
[10] 「1対の」と断りを入れたのは、「メジェド」のコマの存在のためである。これはほぼコマが見つからなかった例を除き全ての「死者の盤」において出土しているが、1つの「死者の盤」につき8つ以上は含まれていたようであり、これをキングと考えるのは不自然である。
[11] 陽実在袮「『死者の盤』におけるマーカーの存在」『イジプト考古』2019、52、108-111.
という訳で、以上ガチのやつでした。
「死者の盤」の方は十分すぎるほどご理解いただけたかと思いますので、その勢いで「アマロン」の方も、公開しております説明書からご覧いただけると幸いです。A5両面1枚のすっきりした説明書です。
ご予約も行っておりますので、そちらもよろしくお願いいたします。
それではいつも以上に、最後までご覧いただきありがとうございました。