神崎DTP

2019秋、「うろおぼえ剣豪道場 秘剣X」でゲムマデビュー予定。
「おのれ一人の納得を追い求められる何かを作りたい」
という思いから、ボードゲーム初心者なのにボードゲームを作り始め、
イベントにも一人出展で出来る事をやると決めたけど、
いろんな人からものすっごい助けてもらってやっと歩けてます。
滋賀、京都、大阪、そして滋賀の関係各所に出没するかもよ?

【R49】「うろおぼえ剣豪道場 秘剣X」登場剣豪紹介 第4回 柳生十兵衛・金春七郎氏勝
2019/11/20 23:44
ブログ

今週土曜日のゲームマーケット本番に向けて「うろおぼえ剣豪道場 秘剣X」登場剣豪を連日連夜、2人づつ紹介させていただいています。
第4回は……柳生枠!
柳生十兵衛・金春七郎氏勝の両名を紹介します。

柳生十兵衛
柳生 十兵衛
(1607〜1650 / 柳生新陰流)

「剣豪」という概念そのものを代表する有名人。徳川将軍家の鼎の1人と呼ばれた剣豪政治家・柳生宗矩の長男です。
十兵衛は徳川家光の小姓となり、7年に渡って仕えたのですが、ある時、素行不良を咎められて追い出されます。家光の十兵衛に対する怒りはわりとすぐに解けたようなのですが、宗矩は十兵衛の復帰を許さず。
十兵衛は生まれ故郷とは言っても10歳の頃までいただけの大和国柳生庄に、約12年の間、蟄居する事になります。
……少なくとも、十兵衛自身の著作にはそう書いてあります。
そう書いてあるのですが、死後100年もしないうちに「実はこの時期、十兵衛殿は諸国を廻りながら武者修行や山賊征伐をしてたのだ」という逸話が大量発生しています。
とはいえ、十兵衛は散逸しかけていた柳生新陰流草創期の逸話をまとめ、先祖・流祖の弟子筋を尋ね歩いた「研究者」としての実績があるし、自著の記述をまったく信じないというのはあまりにかわいそうな気も……。
12年の研鑽の末にようやく再出仕を認められ、家督を相続した十兵衛ですが、その僅か4年後に他界。死因は不明でした。


金春七郎氏勝
金春七郎氏勝
(1575〜1610 / 柳生新陰流)

十兵衛の父・柳生宗矩には、有能な政治家・新陰流の剣聖・そして重度の能オタクという3つの側面があったのですが、そもそも柳生新陰流は能楽と関わりが深いのです。
金春七郎氏勝は、大和猿楽四座の筆頭(当時)・金春座の63世宗家。いわゆる「家元」です。
一方で氏勝は、十兵衛あたりの世代が中心になる事が多い剣豪小説の世界ではレジェンド枠となる、柳生石舟斎や宝蔵院胤栄といった人物に直接指導を受け、免許皆伝を得た武芸の達人でもありました。
特に石舟斎との交流は深く、互いに剣術と能楽の奥義を交換伝授したといわれています。
本業の能楽でも金春座は豊臣政権から力強い庇護を受けて隆盛したのですが、氏勝は弱冠35歳で他界。父の八郎安照は独自の能楽論を書にまとめるなど功績のある人物なのですが、豊臣政権に接近しすぎたのが裏目に出てか、江戸幕府成立以降の金春座は大きく存在感を薄める事となりました。
その為か、氏勝が江戸〜明治期の創作のネタになる事はほとんどないようです。
昭和になってようやく「花の慶次」の原作者・隆慶一郎先生に見初められ、「夜叉神の翁」で隆慶一郎バース屈指の強さ描写のある主人公として登場するのですが、残念ながら隆先生の急逝により未完に終わっています。

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